インタープレイを“き”かせてくれ

ジャズ好きな、そこそこ年のいったライターのブログです。周囲の誰よりも早く、コレステロールの薬飲み始めました。

欲求とバランスについて

1つの商品を見て、これはどのような構造なのだろうか。なぜこのような効果が得られるのか、気になることがある。

 

火も使わず、何故暖房は暖かくなるのか。なぜ蛇口をひねれば、水道から水がでるのか。ラーメンって、ほとんどの人が固めを注文するんだから固めがデフォルトでいいんじゃね? とか。

 

この世には自分の知らない技術・常識が溢れている。それらの理由・根源を知りたいと思うことは、いわゆる知的欲求であって、特に抑制する必要のないものだ。

 

そんな欲求に準ずるものなのか、迷うものがある。

 

それは、人の給料を知りたいという欲求だ。

こればっかりは知的欲求と呼んでいいものか……?

 

別に人の給料など知って何になるのか。もらっている給料など、社会的評価の指標の1つではあっても、決して人間性を推し量るこのできるものではない。

 

月給50万の人よりも、時給800円の人の方が、社会的影響を与えることなどざらにあるのだ。

 

しかし、どうも知りたい。特に、同じ会社の人間。

 

別に隠そうがあけすけにしようが問題ないものだと思う。自分なんて、聞かれたらすぐ言ってしまうし。なのに、なぜか同僚・先輩達は隠すのだ(会社には、僕の次に若い人は7歳年上なので、みんな先輩と言えば先輩か)。

 

隠されると知りたくなるのは、女性のパンチラから海賊王のお宝まで同じ。

今、知りたくて知りたくてしょうがないのだ。

 

なぜ、このような話しをしているのかと言うと、これを書いているお昼休み中、目の前の先輩のデスクの上に、今日配られた給与明細が置いてあるのだ。

 

オフィスに他に人はいない。見るなら今しかないが、さっきからニーチェの著書「善悪の彼岸」がちらついている。

 

見たいのに見れないせいか、さっきから安くなっていたので大量買いした千歳飴をいくつもしゃぶっている。

 

なるほど、欲求とは1つが満たされないならば、他の1つで満たすものなのだ。

 

どうりで、クリスマスも1人者の予定の、僕の腹は出ている。

幼少期の教育について

お菓子を食べると歯が溶けると言われていた幼少期、僕は親から駄菓子屋に行くことを禁止されていた。

 

それにもかかわらず、友達の〝O君〟は、駄菓子屋が大好きで、いつも口にスルメをくわえて遊びにきていた。

 

そうなってくれば、子供のとる行動は1つ。O君と一緒にこそこそと駄菓子屋に行くことだ!

 

ブタメン、きなこ棒、ヤッター麺、ポテトフライ、キャベツ太郎 etc……

 

枚挙にいとまがないほどの種類。うおーうおーと奇声を上げながら店内をうろつく僕。

O君は慣れた手つきで商品を手に取り、店の奥にいるばあさんを呼びつける。

会計が終わった瞬間に袋から取りだして口に放り込む。

 

ワイルドでめっちゃかっこよく見えたのだ。

まるでテーラーで、口ひげの生えたセンスのいい老紳士に、スマートにオーダースーツを注文するベッカムに見えた。

 

実際は、O君は猿顔であり、老紳士はガラケーみたいに腰のまがったばあさんなのだが、当時の僕にはハイソサエティな社交場のように見えていた。

 

初めて食べたのは、確かポテトフライのフライドチキン味だったと思う。

それまで、家では和菓子か自家製お菓子ばかり食べていたため、化学調味料がふんだんに使われた味は、まさに衝撃。ガツンとくる塩味に、次々と口にほおばり、ザクザクとした食感を堪能した。

 

そこから一気に駄菓子にはまり、増える体重、減るお小遣い。

 

子供のするこそこそなど、提灯の中に火を隠すがごとく、しばらくして駄菓子屋通いは親に知れるところとなった。

 

すったもんだの上駄菓子屋出禁をくらった。

 

当時からバスケをこなす文系少年(美少年)だった僕は、大いにショックを受け、枕を濡らしたものだ。

 

そして現在、アラサーを迎え、来年には30になろうかという身空で、健康面でのペナルティーカードが出されている。

 

医者のすすめる間食は、当時母が作ってくれた自家製お菓子達だった。

 

子供なんて馬鹿でアホで間抜けだ。突然走り出して車にひかれることもあれば、訳の分からないところに潜り込んで出られなくなったり。人の大勢いる飲食店や風呂で騒いだり。

 

もちろん、健康的で手間のかかった、ちゃんとした「味」を分からず、化学調味料にだまされて味覚と健康を害すことも含む。

 

それでも、その都度何が悪いかを説き、場合によっては手をあげる。

 

そんな風にして、馬鹿でアホで間抜けな部分を、矯正していくのだ。

 

素知らぬ顔で騒ぐ子供を放っておく親は、それを注意されことがないからなのだ。

それは、本人ではなく、親の責任だ。そう考えれば、

ちゃんとした教育を受けることのできなかった彼らは、一種の被害者なのだろう。

 

馬鹿でアホで間抜けな部分を矯正できなかった彼らは、これからもそのままとなってしまう。

 

だからこそ、もしも自分に子供ができるならば、本物の味を教えてあげたい。

公共のスペースで騒ぐならば、社会性とは何かを教えてあげたい。

 

そんなことを、コーラでポテトチップスを流し込みながら思う。

 

人間、悪いこともしなきゃ不健康だな。ガハハ!! 酒も煙草も絶対やめん!

 

とは思うものの、親から教わったのは、騒ぐな、とか、食べるな、だけではないはずだ。

 

そんなことを、健康診断帰りに思う。

年をとらなければ分からないこともあるなんて、人生とはいつまでも勉強だ。

電車における快眠について

長時間での電車移動といえば、スマホをいじるか読書。はたまた音楽鑑賞がいい暇つぶしだろう。

 

中には友人・知人との会話という人もいるだろうが、閉鎖空間内での大声と、笑い声は勘弁してほしい。

 

さて、上記の暇つぶし以外に、もう一ついい方法がある。

睡眠だ。

 

以前書いた記事でも述べた通り、頻尿のため夜中に3度も便所に行く僕は、万年寝不足だ。

まして、商業柄、徹夜・夜間作業・昼夜逆転・高コレステロール・高血圧・脳梗塞・糖尿病・不整脈・女日照りに男日照り、などは職業病である。

 

眠れるときに眠っておくは、戦時下における前線兵士と、ライター・編集者の鉄則なのである。

 

電車で眠る時は、おおむね左右に大きく首がふれ、隣の乗客にご迷惑をかけるのがご常道だと思うが、僕の場合は違う。

 

僕はいつもバックパックを持って移動する。このバックパックには、仕事上大切なものはほとんど網羅されている。進行中の最新のゲラ、PC、スケジュール帳、資料のうち重要なもの、USB、外部メディアに10種近く対応できるモジュール、目薬、高脂血症の薬、極めつけはボールペンの芯(各種)など、まさに移動する事務所だ。

 

いわゆるノマドワーカーではないが、打ち合わせ・取材・撮影で都内を縦横無尽に行き来するからには、これらは必需品だ。

 

そんな重要なバックパックを、まさか網棚にのせ、自分は午睡を満喫する訳にもいかず、バックパックを無くさぬよう、体に抱え込んで眠る。

 

そうすると、自然首が前に倒れ込んでいき、首がしまる。

 

この「首がしまる」ことにより、呼吸が阻害されるのだ。

そのせいで「グェ!」という自分の出す怪音で目を覚ます。

 

恥ずかしいので寝たふりをするが、またタタンタタンという小気味イイ車輪の音に誘われ、同じ体勢で入眠。しばらくすると、「グゥ!」というノドをしめられたフェレットのような音を出し起きる。

 

恥ずかしながら、小田急沿線上で、終点まで5回はやる。

 

一説には、車内に響く車輪の音や風の音などが、母親の胎内にいたころに聞こえるノイズと似ているからだとも言われている。

 

電車内で眠っている人は、そんな母のお腹に居たときを懐かしむ、寂しさを抱える人なのだと思うと、どうにも起こすのは悪いような気がする。

 

そう考えてはいるが、さきほどから僕の右肩で高いびきをかく中年男性は、全く起きる気配がない。この体躯では、母親の腹におさまるのは無理があるだろうから、今日くらいは僕の肩を貸そう。ただし、早く起きてくれないと、整髪料のニオイで吐くかもしれない。

ご祝儀の返納について

結婚ラッシュが続いている。

 

齢30を数えようというのだから、それもそのはずではあるものの、まさか皆一様に、ここ数年で運命の人と出会っている訳でもなく、駆け込み需要のようなものなのではないかと思っている。

 

独身貴族どころか、生まれてこの方恋人など一度もいたことのない僕は、しゃぶりすぎで、指どころか第二関節まであらわになった指をくわえて眺めているしかない。

 

最近、恋人ができたミニ四駆仲間の友人は、共に横浜のフォースラボに行こうと誘っても、3週間待ちだと言われ、結婚して田舎に引っ込んだ友人は、22時にはそそくさと帰ろうとする。

 

20年来の付き合いが、わずか4~5年の付き合いを優先させるのだとすれば、それはなかなかすごいことだ。

 

高級ブランド店で買い物をしているような気分になったのは、勘違いではあるまい。

売れ残りの僕は、さながらワゴンセールである。大体いつもあり、安価ですぐに手に入る訳だ。

 

さて、負け惜しみついでにもう一つ。友人達が結婚していくことで発生するご祝儀である。

 

僕は、仲間のためならいくらかけても惜しくない、という考えの持ち主なので、5万でも10万でも構わない。

 

お金に困っていそうなヤツなら、5万くらいは包む。

 

さて、そんなことを繰り返していたら、なんと預金残高が500円となった。

いくらなんでも、結婚しすぎだ。「しすぎだ」などと、永遠の愛を誓った彼らには失礼だが、離婚したらご祝儀の分だけ酒でもおごってもらおうと思っている。

 

様子を見ていると、そろそろ2組、3組出てくるはずだ。

その時は、特に用はなくとも、22時には帰る。

 

そんなことを、引き出物を片手にぼんやりと考えていた。

冬の頻尿について

年のせいか、夜中に数回便所に行く。

 

平均的な睡眠時間は6時間であるから、2時間ごとに起きるとすれば、都合3回便所に行っていることになる。

 

これが結構ツライ。なぜなら、眠いのだ。

 

目を覚ました瞬間、眠気がスッキリなくなり、ガバリと身を起こし、元気ハツラツ。「さあ、便所に行くぞ!」

と、起きる訳ではなく「あー、なんか目が覚めた。やや!膀胱がぱんぱんだ……。でも、眠い、起きたくない……。でも、漏らしそう……。」そんな思いで、パジャマの裾をすりながら、のそのそと便所へ行く。

 

生来の頻尿であり、今ここで小便をしろと言われれば「かしこまりました!」の一声と共にいつでも小便ができる僕は、夜中の便所でも勢いよく小便を出す。

 

ジャボジャボという水音は、またみょーに眠気を誘い、放尿しながら眠りの谷にころがり落ちていったこともある。

むろん、その後は便器の掃除だ。

 

寝る前に飲む水分、酒が原因であることは明確だが、商売柄、帰宅後の晩酌となれば、必然的に睡眠1~2時間前と、最悪のタイミングとなる。

 

これからの冬は、また床が冷たい。夜半の暗闇の中ではスリッパが見つからず、床に散乱したゲラに足をとられれば、豆腐ならぬプリンターの角にでも頭を打ち、孤独な独居死を招きかねない。

 

そんなことを考えながら、焼酎のお湯割りに手を伸ばしている。

時刻は24時。今夜もまた、便所とお友達になれそうだ。

若くして亡くなった、良いトランペッターについて

最近、ずいぶんとクリフォードブラウンにはまっている。

 

1950年代に活躍したトランペッターで、当時のミュージシャン・リスナー共に大きな人気を得ていた人だ。

 

残念ながら20代前半で、交通事故という不慮の死を遂げた彼は、活動期間が至って短い人であった。

 

それでもなお、現在まで雑誌やウェブコンテンツで特集され、彼の死を悼んで作られた名バラード「I Remember Cliford(作:ベニーゴルソン)」が日夜演奏されていることを考えても、その腕前が惜しまれる。

 

クリフォードブラウンのエピソードで一番好きなのは、音楽活動に迷ったソニーロリンズを音楽界に引き戻したことだ。

 

今やレジェンド級のミュージシャンであるソニーロリンズは、過去数回音楽活動を休止している。

 

いずれも、自分の活動に迷ったという理由らしいが、恐らくクリフォードブラウンに引き戻されたというからには、ドラッグや音楽界にビビったのが原因だろう。

 

当時のジャズ界は、結構ダーティな世界で、ドラッグ中毒やアルコール依存によるいざこざが多かったらしい。

 

事実、オーバードーズで亡くなるミュージシャンや、痴情のもつれで撃ち殺される者。酒の影響で奇妙な演奏をする様子なども、記録として残っている。

 

そんな中で、クリフォードブラウンは大学出でドラッグもやらず、アルコール中毒でもない。クリーンなミュージシャンとして世に出てきた。

 

酩酊していない彼の演奏は、非常にクリエイティブであり、周りの音を聞き逃さず、インタープレイのしやすい音楽だった。そのうち、周囲のメンバーは彼の演奏やリズムパターンに合わせられる、同じようにクリーンなミュージシャンに絞られていく。

(確かに、ドラッグの恍惚状態や、酒に酔っている状態で、周囲の演奏に合わせられる訳はないな)

 

マックスローチとのタッグは特に有名。マックスローチのリーダーアルバム「Drums Unlimited」の、ドラムのみによるソロ演奏によって分かるように、非常に独特の手数に、発想力を兼ね備えている。

 

そんな2人が手を組めば、なんだか新しい演奏ができそうでしょ。

 

クリフォードブラウンの快進撃とも言える演奏を聞いたロリンズは、再び音楽の世界に戻ることを決意し、彼のバンドメンバーとなった。

ロリンズリーダー名義である「Plus 4」にて、その演奏を聞くことができる。

 

ハツラツとした、これからいくぜ! という活気にみちたバンドだが、収録の半年後にクリフォードブラウンが、バンドメンバーのピアニストと、その奥さんと共に事故死する。

 

ロリンズは、その後も音楽業界に留まり続け、コンテンポラリーレコードの人気ミュージシャンを集めたバンドのリーダーになったり、現在までの歴史をひもとけば、その活躍の具合は押して量るべしだ。

 

マイルスデイビスもまた、クリフォードブラウンの演奏を聞いたことで、ドラッグとの決別を決意。実家の所有する農場にこもって、地力でドラッグを辞めたそうだ。

 

例え短い生涯であっても、大きな影響を残し、死んでいったミュージシャン。

 

クリフォードブラウンに影響を受けなかったら、ロリンズやマイルスは、ドラッグにもっと深くのめり込み、ジャズの歴史は今よりも遅れていたかもしれない。

 

今もあなたの功績が連綿と続き、僕たちの耳にも届いているよ。と、話しかけたくなるが、いつものようにクールな演奏だけを残して、耳から消えていく。

 

その余韻が、なんとも切ない。

平泉 世界遺産の金額について

東北旅行の途中、花巻を跡にし、平泉へと向かった。

 

目的はもちろん、世界遺産観光だ。

 

平泉駅からバスで20分ほど。まずは中尊寺へ。

僕は、箱根のほど近く、神奈川県の小田原出身なので、箱根神社などによって、巨木や自然そのままの山に建つ山寺というものは、見慣れている。

 

そのせいなのか、あまり感動はなく、ただただ足場の悪い坂を登っていったような気がする。

 

参道の両側に映える杉の木は、伊達家がこの地を管理するようになってから植樹したものらしい。

さすが、どれも巨木と呼べる大きさではあったが、原生林に近いようなものと比べると、いささか迫力に欠けた。

 

まあ、迫力で神仏の格が決まる訳でもなく、この時点では高尚な気持ちで歩みを進める。

 

途中途中目に付くのは、参道脇で売っているおまもりやおみやげ品だ。

普通は本宮の境内などにあると思うが、辻でもさかんに売っている。

 

中尊寺にようやく着くと、大きな仏像を見ることができた。

2礼2拍手1礼と、型通りに手を合わせて、中を見物。

 

世界遺産とは、豪奢なものではなく、歴史を残すものであるということを大いに味わい、金色堂を見に行こうとさらに上を目指した。

 

奥州藤原氏の時代、北方との交易で栄え、そのために金をふんだんに使うことができたそう。

 

足をガクガク言わせながら歩いていくと、ちょうど秘仏と同時に公開しているとのこと。

 

ほおーと、心ながらに発しながら近づくと、入場料が結構高い。1,800円くらいだったと思う。

 

いっぱしの社会人ながら、薄給にあえぐ僕の身に、いくら世界遺産といえど、ちょっと躊躇する。

 

それと、なにか稼ごうという気がびんびんの展示場だった。

感じ方によるので、一概にこういうのも風評被害というものだろう。しかしながら、はっきりとそう言ってしまいたくなるほどの、拝金の雰囲気。

 

もちろん、寺側も慈善のようで慈善ではない、運営が絡む。

 

まさか釈迦や仏陀でもあるまいし、食うや食わずで即身仏になるというお話しでもあるまい。

一汁一菜と、質素ながらも食事が必要不可欠。

 

檀家も次々死に、ペット霊園みたいな簡素な墓に入る人間ばかりとくれば、この機会にたんまりとせしめておかなければ…。

 

これ以上は仏罰がくだりそうなので遠慮するが、僕は金色堂を見ずに下山した。

 

1,800円は、世界遺産1拝分の金額として妥当なのか。

それとも、金額には変えがたいものなのか。

 

今となっては、平泉までの交通費を試算し、見ときゃよかったと後悔の日々である。