インタープレイを“き”かせてくれ

ジャズ好きな、そこそこ年のいったライターのブログです。周囲の誰よりも早く、コレステロールの薬飲み始めました。

一関 ベイシーについて

岩手県の一関駅から徒歩20分位だろうか。

 

うらぶれた、という表現がこれでもかというほど似合う商店街を抜けると、

予想通りの住宅街にでる。

 

人通りのない、暗い街に淡く光る木製の入り口。

近づけば近づくほど聞こえてくる、ジャズ全盛期の、あの時代のセッション。

 

ジャズ喫茶  「ベイシー」

 

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!

かっこ良かった!!!!!!!!!!

 

母ちゃんの股からスキャットしながら出てきたと言われるほどジャズ好きな私。

 

特に、モダンジャズの完成形でもある(と、思っている)ハードバップは学生時代から一番聞いている。

 

都内に住んでいるのに、ジャズ喫茶には一度も入ったことがなかった。

大体なぜ「ディスクユニオンで数百円でアルバム1枚が買えるのに、数曲聞くのに1,000円近く払わなければいけないのか」

 

とか、思ってた僕!! 馬鹿野郎! 

レコードってすげーぞ! 大きなキャビネットで発される音、録音とは思えねーぞ!!

 

意外とデジタル世代のアラサーなため、MP3とCDが主流。レコードは正直、初めて聞いたに近い。

 

f/1ゆらぎだとか、音域だとか、昔仕事で少し書いたことはあったが、本人が聞いたことのないというのだから、いかにもしまらない話だ。

 

ベイシーでは、最初にコーヒーかアルコール類か聞かれる。

僕は、一杯飲んでから行ったのでアイスコーヒーを注文。

 

アイスコーヒーと共に小さいチョコレート菓子がついてくる。

まるで、パーカーやソニークラークのモノクロライブ写真に、色を付けたようなオシャレな店内に、

チープな色味の包装そのままお菓子なんて、コントラストが面白い。

 

アイスコーヒーをすすりながらお菓子の包装を解こうと下を向いたとき、

おかしな感覚を感じた。

 

まるで目の前にコルトレーン・ジミーギャリソン・マッコイ・エルヴィンがいるように感じたのだ。

 

驚いて前を向くと、そこにはスピーカーと前の方の席に座ったおっさんの後頭部。

 

再び下を向くと錯覚。頭を上げればいない。を繰り返した。

 

音量が生音に近く設定されているのもあると思うが、

なんかあのうっすらとした雑音のようなものがリアルな演奏を再現しているようだ。

 

これは驚いた。すごいな。

簡単に音楽を持ち運べて、便利なものに世の中は置き換わっていると思っていた。

しかしながら、どうやら、より簡単でチープなものにすげ替えられているというのが正しいようだ。

 

SNSしかり、結局リアルを再現するには、デジタルにはまだ魂を入れる何かが足りないらしい。

 

お店に入る時は、マイルスの「in person」、その後コルトレーンの「John Coltrne Qualtet Plays」、最後はなんと変拍子の変態ビッグバンド、Don ellis「Live in Montreau」を流していた。

 

いずれも圧巻。

 

特にDon ellis「Live in montreau」は、MC中に飛行機が上空を航空し、トークが少し止まるというハプニングがある。

 

その音の一粒一粒がおもしろくて、なんだか会場にいるような気分になった。

 

マスターが気まぐれにレコードを変えるとき、まるで映画の始まりのように静まり返る。この瞬間もまた、たまらない。

 

22時ごろまでの営業とネットで見ていたが、20時には閉店。19:30前に入店したので、わずか30分ほどの滞在。

 

正直、3.4時間はいられるな。

 

ただし、来店前に酒を飲むと、肝心なところで便所に行きたくなる。

 

僕は3回行った。

 

是非酒を飲まずに行くことをおすすめする。

(トイレにも灰皿があり、昔のジャズクラブにタイムスリップしたような気分になる。健康! 健康! うるさい、禁煙家なんてヤツは来なくていい。そのゴーマイオウンウェイな姿勢が、またいい。なんでもかんでも文句つけるやつばっかでうるせーんだよ最近は。そんなに長生きしたいほど素晴らしい人生なら、文句言わずになんかいいこと言えや!)

 

帰り際、評論家としても有名なマスターが、煙草を指に挟みながらレコードジャケットを持っていた(麻のジャケットと煙草があんなに似合う人初めて見た)。

 

まっすぐと吐き出した煙の向こうに見えたジャズレジェンドの顔は、ポスターでもジャケットでもなく、どうも幻覚でもないらしい。

 

日本一のジャズ喫茶なら、あこがれのあのプレーヤーがいたっておかしくない。

 

店を出ると、自然とポケットに手をつっこんでしまう。

 

相変わらず商売っ気のない商店街は静まりかえっていたが、あの店は現代には存在しないんだろう。

 

ドアの向こうにつながっているのが、50年代後半から60年代前半のいずれかだと言うならば、まるで関係ないとでも言うように静かな商店街にも、妙に納得できる。

 

ジャズ好きのためのタイムマシン装置。

そんな店だった。