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インタープレイを“き”かせてくれ

ジャズ好きな、そこそこ年のいったライターのブログです。周囲の誰よりも早く、コレステロールの薬飲み始めました。

読書について

仕事柄とにかく文章を読む機会が多い。

 

そうでなくても世の中には多くの広告情報が溢れており、

なにがしかの文字を目にしない日はない。

 

自然、仕事が終われば文章は読みたくないので、マンガを読むことで気分転換が図れる。

 

といっても、マンガも文章量が多い。

 

僕の頭の中は、すぐに完結するものよりも、長く連載しているものが好きという、

世俗感覚に満ちあふれた傾向にある。

 

連載が長いものは、巻を重ねるごとに文字量が溢れてくるので、

やはり疲れる。

 

そこで最近は、4コママンガをよく読む。

 

マンガタイムとか、ほんわかした感じの雑誌連載ものなどが多い。

 

それでもやっぱり本を読みたくなるので、度々本屋では文庫コーナーに向かう。

 

手にするのはエッセイが多く、大先生方の小気味いい文章に心奪われながら、

熱心に読みふけっている。

 

さて、みなさんは自分の読書中の顔を見たことがあるだろうか。

 

私は、ほとんどなかった。

 

なにしろ、本とにらめっこをするような形になっているのだから、

それでも自分の顔を見られるというのは聖徳太子的特殊スキルだ。

 

そんなこんなで、小学生からの読書人生において、

一度も見ることのない読書中の顔を、先日初めて見た。

 

喫茶店で人を待ちながら読書をしていたところ、

遅れてきた友人がパシャリと僕の顔を撮影したのだ。

 

試しに拝見するとそこには鬼のような形相をした僕が……。

 

軽い恐ろしさを覚えたが、よくよく考えてみれば、

そのときにちょうど読んでいたエッセイはマナーの悪さをトピックとしたものだった。

 

ああ、僕は読書中には感情が顔に出るのかと大層驚いた。

 

そこでふと気づいたのは、電車の中などの公共スペースではどのようなことになっているのかということだ。

 

これは恐ろしい。愛読しているエッセイなどはショートショート並みにトピックが入れ替わる。

 

つまり、食事テーマでは今にもよだれを垂らしそうな顔をし、ちょっといやらしいテーマではゆるみきったいやらしい顔をしているのかもしれない。

 

ましてマンガなどどうなっているのか。

もしや登場人物と同じ表情をしているのはとそら恐ろしくなる。

 

是非読書中の顔をカメラなりで撮影してみいただきたい。

 

しかし、我ながらそこまで感情移入できているというのは、

文庫・マンガ数百円のもとは大いにとれている。

 

これを書いているときの自分の顔は、どうなっているだろうか。