インタープレイを“き”かせてくれ

ジャズ好きな、そこそこ年のいったライターのブログです。周囲の誰よりも早く、コレステロールの薬飲み始めました。

喫茶店とカフェについて

先日、知り合いと喫茶店にて打ち合わせの機会を持った。

 

日取りを調整する電話にて、先方から「じゃあ、中野北口の〝カフェ〟で打ち合わせということで」と、提案があった。そこで思わず「はい、中野北口の〝喫茶店〟で」と返してしまった。

 

「え?」「いや、はい」などと、なんとなく、

互いに喉にひっかかったような感覚を覚えて会話を終える。

 

そうこうする内に当日。

平素ならば店内で待ち合わせるものの、高円寺あたりでSNSにてメッセージを送ると、ちょうど東中野とのことだった。

 

両方の駅とも、中野のお隣である。それでは、ということで駅で待ち合わせることにした。

 

改札を出る辺りで後ろから声をかけられる。通り一遍の挨拶をしてから、二人して歩き出すと、

「じゃあ、例の〝カフェ〟へ行きましょう」と語りかけられる。

 

すかさず「ええ、今日の〝喫茶店〟いいお店らしいですね」

 

などと返事をする。

 

したらば、返す刀で「そうなんですよ。〝カフェ〟なんですがご飯もおいしくて」

 

負けじと「へー、普段〝喫茶店〟ではほとんどご飯たべないんですが、今日は食べちゃおうかな」

 

するとまた「えー私は〝カフェ〟に行ったらいつもなんか食べちゃうんです」

 

まだまだ「〝喫茶店〟では書類を広げることもあるので、テーブルのスペースが・・・・・・」

 

などと、苛烈な争いを繰り広げた。

 

特に気にすることではないと言われればそれまでだが、とにかくカフェという言い方になぜかあらがいたくなった。

 

カフェとは、確か岩波の国語辞典には、洋酒などを供する女給のいる店、と記されており、コーヒーを提供するスタイルは以前となっていた。

 

だからなんだと言われればそれまでだが、同じ色の服でもメーカーの好みがあるように、言葉の選び方にも好みがある。

 

僕は特に偏向的かもしれない。

とにもかくにも、正しくはないが通俗的に同じものを示す言葉を巡る闘いは、互いに駅でお別れを交わすまで続き、どちらに軍配が上がるでもなく今日に至る。

 

さて、ついさきほど、スマホがペンぽーんと小気味よく鳴った。

 

画面を見ると、件の知り合いから。

 

「この前お聞きした〝カフェ〟、行ってみたらイタリアのバール式で、おいしい〝カッフェ〟をいただいてきました! とっても香りがよくって! 今度は〝カッフェ〟を飲みに行きましょう!」

 

〝カッフェ〟とは、イタリア語でエスプレッソのことだとか。

 

どうよ、これ。